”サディズム”の語源も人名から!なんと200年以上前に提唱された概念だった

BDSMの歴史

Marquis de Sade

「サディズム(加虐性愛)」の語源は、ランス啓蒙時代後期の貴族・哲学者・作家で、特に性愛と暴力、権力、倒錯を扱った過激な文学作品で知られるマルキ・ド・サド(Marquis de Sade、本名ドナシアン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド、1740–1814)からと言われています。

マルキ・ド・サドの主な作品とあらすじ概要

『悪徳の栄え(Justine ou les Malheurs de la Vertu)』(1791)

あらすじ: 美しく純粋な少女ジュスティーヌは、道徳的・宗教的な美徳を守ろうとし続けるが、行く先々で悪徳に満ちた人々に利用され、繰り返し悲惨な運命に陥る。対照的に、姉ジュリエットは悪徳に身を委ねることで成功するという皮肉な構造を持つ。

『ソドム百二十日(Les 120 Journées de Sodome)』(執筆1785、出版1904)

あらすじ: 4人の富豪が遠隔地の城に若者たちを閉じ込め、4か月間にわたり儀式的かつ構造化された性的拷問と暴虐を行う。未完成でありながら、極限まで倒錯と暴力を押し広げたサドの集大成とも言える。

『ジュリエット物語(La Nouvelle Justine / Juliette)』(1797–1801)

あらすじ: 悪徳を実践することで社会的成功と快楽を得るジュリエットの生涯を描く。哲学的対話や反宗教的・無神論的な観点が多く含まれ、暴力・快楽の哲学書としての側面も。

マルキ・ド・サドの生きた時代背景と思想

サドの作品はフランス革命前後の激動の時代に執筆されました。

  • 啓蒙思想の終焉と絶対王政の崩壊
     →理性・自由・人間性を称揚する啓蒙主義に対し、サドは徹底して「人間の本性は残酷と欲望である」と異議を唱える。
  • 宗教批判と無神論の思想
     →教会の権威が崩れる中、彼は道徳や神の存在を否定し、あらゆるタブーを破壊しようとした。
  • 革命による混乱とカオス
     →法と秩序が崩壊しつつある社会の中で、「善悪の相対性」と「権力の倒錯」が露骨に描かれる。

後の文学・思想・文化に与えた影響

文学・哲学への影響

  • ボードレールやロートレアモンなど象徴派・頽廃派
     →禁忌や倒錯美の探求に影響。
  • アントナン・アルトー、バタイユ、フォーコー
     →サドを「反権力・反道徳の極限的表現者」として再評価。特にフォーコーは『性の歴史』で「性に対する社会の抑圧」を論じる文脈でサドを引用。
  • 現代哲学(ドゥルーズ、ラカンなど)
     →サドのテキストは、無意識や欲望の構造に関する議論でも使われる。

マルキ・ド・サドの作品の心理学的分析

精神分析からの視点(特にフロイトとラカン)

  • リビドーの解放と超自我の反転
     →サドの登場人物は、「道徳」や「罪悪感」に屈せず、むしろそれを破壊する快楽を享受する。これは超自我の倒錯とも解釈される。
  • 加虐性と快楽原則の逸脱
     →「快楽」は通常苦痛を避ける方向にあるが、サドにおいては他者への苦痛が快楽となり、快楽原則を超越する。
  • 道徳と権力の逆説的構造
     →善人が罰され、悪人が栄える構造は、社会的な「正義」や「道徳」がいかに恣意的かを示す。

興味深いのは”サド”と”マゾ”の言葉が同時発生ではなく”サド”の方が”マゾ”よりも100年以上先に発生した言葉である点です。
サドなきところにマゾはなし、という解釈で良いのでしょうかわかりませんが、サディズムの精神性の方が先行している点は非常に興味深いです。

サブカルチャーへの影響

映画・アート

  • パゾリーニ『ソドムの市(Salò, 1975)』  →『ソドム百二十日』を映像化。ファシズムと倒錯の融合。
  • デヴィッド・リンチ、クローネンバーグ  →心理的暴力や欲望の歪みを描く作風にサド的要素あり。
  • 現代美術
     →身体性・暴力・性のテーマを通じた実験的表現に影響(例:マリーナ・アブラモヴィッチ)。

2. 音楽・ファッション・ポルノ

  • インダストリアルやブラックメタル文化
     →サドの持つ「反道徳」「身体解体」的な暴力性がしばしば引用される。
  • BDSMカルチャーの理論的支柱
     →サディズムやマゾヒズムの語源として、彼の哲学がしばしば再評価。
  • ゴス/フェティッシュファッション  →倒錯と美学の融合はサドの影響を受ける。

マルキ・ド・サド総括

  • 人間の本性が理性でも道徳でもなく、「欲望と権力」であること
  • 社会制度や道徳がいかに暴力的かというアンチテーゼ
  • 「自由」の極北にある“快楽の地獄”というパラドクス

サドの文学は、単なるポルノグラフィーではなく、現代の哲学、政治思想、心理学、アートにまで深く根を張る**最もラディカルな“人間性の実験場”**とも言えるでしょう。

日本語訳で読めるマルキ・ド・サド

1. 『ソドムの百二十日』

  • 澁澤龍彦 訳:​桃源社(1965年)、角川文庫(1976年)、河出文庫(1991年)​Wikipedia
  • 佐藤晴夫 訳:​青土社(1990年)​Wikipedia

2. 『ジュスティーヌ、または美徳の不幸』

  • 澁澤龍彦 訳:​河出書房(1956年)、角川文庫(後に『美徳の不幸』として再刊)​
  • 植田祐次 訳:​岩波文庫(2001年)​Wikipedia

3. 『悪徳の栄え』

  • 澁澤龍彦 訳:​現代思潮社(1959年)、角川文庫(1975年)、河出文庫(1990年)​Wikipedia
  • 佐藤晴夫 訳:​未知谷(1992年)​Wikipedia

4. 『閨房哲学』

  • 秋吉良人 訳:​講談社学術文庫(出版年不明)

映画化作品

1. 『マルキ・ド・サドのジュスティーヌ』(1969年)

  • 監督:​ジェス・フランコ​
  • 主演:​ロミナ・パワー、ジャック・パランス、クラウス・キンスキー​
  • 概要:​サドの『ジュスティーヌ、または美徳の不幸』を映画化した作品。 ​

2. 『ソドムの市』(1975年)

  • 監督:​ピエル・パオロ・パゾリーニ​
  • 概要:​『ソドムの百二十日』を原作とし、第二次世界大戦中のイタリアを舞台に置き換えた作品。 ​

3. 『悪徳の栄え』(1963年、1988年)

  • 概要:​サドの『悪徳の栄え』を原作とした映画。複数のバージョンが存在する。